『 私のお気に入り 』

〜平成15年「会報おせんちゃ」新年号掲載 〜



私のお気に入り

新年早々私事を話すのは恐縮するのであるが、訳あって山暮らしを始めた。

もう一年になる。

整然と並んだ濃緑の杉林より、雑木林が好きだ。

特に秋の紅葉はひと際美しい。

しかし、枯葉1枚も残っていない冬の雑木林の柔らかな空との境界線が「私のお気に入り」



山の夜空にはたくさんの星が見える。

とりわけ冬の星は美しい。

夜更かしをしてほっと一息。戸外に出て空を見上げると冬のオリオン座。「私のお気に入り」



酒があまり飲めないせいか、茶が好きである。

最近良質の中国茶が手に入りやすくなった。実にうまい。

青茶なら黄金桂、紅茶ならラプサンスーチョン、緑茶なら西湖龍井茶・・・・

これらの茶をその日の気分で、お気に入りの急須を選んで淹れて楽しむ。

茶についての屁理屈無用。そんな時間が「私のお気に入り」



毎日のように墨を磨り、筆を持つ生活。

端渓の老坑石の硯は良い。

鵞首から水を数滴、墨堂に落とした時に浮かび上がる深い臙脂色は美しい。

しかし、松煙の古墨を気兼ねなくゴリゴリと磨りながら、「何を描こうかなぁ」

と考える余裕を与えてくれる、歙州の硯は「私のお気に入り」



まだまだあるが、もうひとつくらいにしておこう。



山は静かである。

しかしよく耳を澄ますと山の声が聞こえる。

今日、木枯らしに揺れるクヌギの木に、しっかりと絡み付いた藤の古木がまるで古木戸を開く時のように

「ギ、ギー」と軋んで悲鳴を上げていた。

クヌギが藤を支えているのか、藤がクヌギを助けているのか私には判らない。

霧が深い日の夜は、鹿の鳴く声が薄絹に包まれたようにやわらかく聞こえる。

その中で、古琴を爪弾く。

古琴の音が山の声に聞こえる時がある。

そんな自分だけの時間。「私のお気に入り」



不便な山暮らしではあるが、決してマイナスばかりではないように思える。

こんな山暮らしが、今一番の「私のお気に入り」

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