・桜・
遠くより友が、我が茅居にやって来る。
山居までの山道には桜の古木が連なり、つづれ折の坂道の中ほどでは
眼下、眼前、頭上すべて桜が満ちてる。
待ちきれなく、提藍に茶器を放り込み、火鉢、毛氈、香炉、鉄瓶を文房から担ぎ出し、
山居から少し下った桜の下で友を待つ。他には誰もいない。
桜の枝には「清香」と書き記した茶旗を掲げる。

予期せぬ出迎えに友は喜んでくれる。早速茶筵の始まりである。
鶯が鳴く。春風が草むらを騒がせる。まだ夜露に湿った地面からは、春の土の香が立ち上る。
時折風向きが変わると、草の上に置いた香炉から沈香の香が届く。
天空を覆う桜の花の細やかな光と影は、やわらかな春の日差しの万華鏡である。
眼下には「青によし 奈良の都に咲く花の・・・・」と詠われた大和の盆地が広がる。
凸凹の地面に毛氈は沿って波打ち、茶碗を置く場所にも限りがある。
しかし、そんなことは大きな問題ではない。
茶を啜る。うまい。心に清風が吹く。
何をしているのだろうかと、いつの間にか遠くから覗き込む老夫婦がいた。
もちろん声を掛け、茶筵に加わり、もう一煎。菓子をつまんでもう一煎。
清談は尽きない。
桜の木下で、静かに茶を啜る。楽しい花見である。
酒はない。鳴り物も要らない。着飾る必要も無い。
ただ私が選んだ友がいる。私の愛する茶がある。
日本人である私たちに、桜だけがなせる業である。
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